広島地方裁判所 昭和52年(ワ)613号 判決 1981年7月20日
原告
原本義隆
被告
中国新聞輸送株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
一 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判。
一 請求の趣旨
1 被告会社は原告に対し、金二、二〇五万二、六〇〇円およびこれに対する昭和四九年七月一二日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告会社の負担とする。
との判決ならびに第1項について仮執行宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四九年七月一二日午前七時二分頃
(二) 場所 広島市河原町二番一一号電響社広島営業所先交差点
(三) 加害車両 普通貨物自動車広島四四な七四号(以下「加害車両」という)
同運転者 訴外井上清司
(四) 被害車両 自動二輪広島市す二九五九号(以下「原告車」という)
同運転者 原告
(五) 事故の態様
原告車が北から南に向け、時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で、前記交差点を直進しようとしたところ、前記交差点手前道路の左端に駐車していた訴外井上運転の加害車両がいきなり除行もせず、時速一五ないし一七キロメートルの速度で南へ向け発進し、前記交差点を右折、西進しようとしたため、原告車が加害車両の右後部車輪附近に衝突した。本件事故は、右井上が、自己が運転する加害車両の右側を進行する直進車両の有無、動静を確かめ、進路の安全を確かめるべき義務上の注意義務を怠り、軽卒にも前記速度で右折した過失により発生したものである。
(六) 被害状況
原告は本件事故により頸髄損傷等の傷害を受けて神経系統の機能に著しい障害を生じ、事故当日から、昭和五〇年四月七日まで入院加療を受けたが、右神経系統の機能回復は全く望めないということで退院し、その後現在まで自宅療養中であるが、常に介護を必要とする状態である。
2 責任原因
被告会社は、中国新聞の輸送を主たる業務とする会社であるが、本件事故当時、被告会社の輸送用自動車の不足を補充するため、訴外井上清司を臨時に雇入れ、同人所有の加害車両を使用して専属的に被告会社の新聞輸送業務に従事させ、次に述べるとおり、被告会社は、右井上の加害車両による運行に事実上の支配力を及ぼし、且つ運行利益を享受している。すなわち、
(一) 右井上は、被告会社の業務である新聞輸送にあたつて被告会社の指示に従つていた。
(二) 右井上は毎日午前零時頃から同七時頃まで被告会社の新聞輸送業務のために時間的拘束をうけ、毎日の生活のリズムは全て被告会社の右業務に合わせており、時間外のアルバイトは自由であるとはいつても、事実上、拘束されていた。
(三) 被告会社と右井上間の傭車契約は一年単位ではあるが、毎年更新されてきた。
(四) 被告会社において加害車両のガソリン代及び償却費を負担していた。
(五) 被告会社が輸送業務のために保有する車両は一五台ぐらいであるのに比して傭車は一〇台ぐらいの割合であつて、傭車が被告会社の業務に大きな比重を占めていた。
(六) 本件事故は、新聞輸送業務に従事していた際にパンクしたタイヤを修理に出しての帰りに惹起されたものである。等の事情から、被告会社は、前記のとおり加害車両による運行利益を享受し、運行支配を有しており、したがつて運行供用者として本件事故につき自動車損害賠償保障法第三条所定の賠償責任がある。
3 損害
(一) 逸失利益 二、三九八万五、〇〇〇円
原告は、事故当時、一七歳の高校生であつたから、高校卒業後四九年間就労可能である。賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計・企業規模計「一八・一九歳」の給与額は年収一〇〇万九、九〇〇円であるから、ホフマン式計算法で中間利息を控除すると、二、三九八万五〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨て)となる。
(二) 慰藉料 一、〇〇〇万円
原告は事故当時一七歳の前途有望な高校生であつたのに、本件交通事故により、一生涯半身不随の身体障害者として、常に他人の介護を必要とし、また結婚もできず暗い人生を余儀なくされたその精神的苦痛を慰藉するには、一、〇〇〇万円が相当である。
(三) 付添費用 一、八四四万円
原告は一生涯付添人を必要とする。付添費用は、一日二、〇〇〇円が相当であり、原告の余命年数は五二年であるからホフマン式計算で中間利息を控除すると、一、八四四万円となる。
4 過失相殺
原告の過失は四割とするのが相当である。
5 損益相殺
原告は、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険より一、〇〇〇万円を受領したので、逸失利益の一部に充当した。
6 よつて、原告は、被告に対し、自賠法三条にもとづき、金二、二〇五万二、六〇〇円およびこれに対する昭和四九年七月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち(一)ないし(四)の事実を認め、(五)、(六)は争う。
2 同2の事実は否認し、被告会社に運行供用者責任がある旨の主張は争う。
3 同3、4の事実は争う。
4 同5のうち一〇〇〇万円を原告が受領した点を認め、その余は争う。
5 同6は争う。
三 被告の主張
1 訴外井上は、本件加害車両の運行に関し、注意を怠らなかつた。また、右車両には構造上の欠陥または機能上の障害はなかつた。
2 被告会社は、訴外井上を雇用していたものではなく、単に同人との間において、傭車契約を締結し、それにもとづき、同人が、同人所有の貨物自動車で被告会社の業務である新聞の運搬を行つているもので、いわば被告会社の下請作業をしているものである。この点に関し、被告会社は、右井上を臨時に雇入れた旨の事実を認めたが、それは明らかに事実に反する陳述で錯誤にもとづいてしたものであるから撤回する。また、右井上は被告会社に対し丸がかえ的な専属関係にあるわけでもなく、また右井上が使用した貨物自動車には、被告会社の社名・マークの表示はない。また右井上において、午前五時頃に仕事が終了したのちは、帰社する必要もなく、その後は他の会社で働くこともでき、実際にも右井上は、他の会社の業務に従事していたものである。さらに、本件事故は、右井上の下請作業である運送業務の終了後、直ちに空車のまま、帰宅途中に発生したものである。
よつて、被告会社は、加害車両に対して運行支配を有し、運行利益を享受するものではなく、また、本件事故は右輸送業務と無関係になつた後に惹起されたものであるから被告会社は、本件加害車両に関して、運行供用者の地位にあつたものではない。
四 被告の主張に対する認否
すべて否認する。なお、被告会社のなした自白の撤回については異議がある。
第三証拠〔略〕
理由
一 争いのある請求原因事実のうち、まず、同2の責任原因について判断する。
成立に争いのない甲第六及び第九号証、証人梶江博文の証言、訴え取下前の相被告本人井上清司(以下「訴外井上」という。)の尋問の結果(第一、二回)によれば次の事実が認められる。
1 本件事故発生当時既に被告会社は訴外井上と傭車契約を締結し、被告会社の主たる業務である新聞輸送を右井上所有の普通貨物自動車(本件事故の加害車両、所有者は名義上訴外伊豆雪利となつているが、右井上が同人から買い受けたものである。)で行つていた。右井上は、昭和四九年七月一二日の本件事故発生日を含め、毎日午前零時半頃被告会社に出勤し、そこで新聞を右貨物自動車に積み込み、同二時頃、市内倉橋町室尾方面等の販売所数店に右新聞を配送し、同五時頃右配送が終了した。右配送が終了すれば、東観音町の自宅へ帰ることになるが、当日はタイヤの修理をするため、市内河原町の修理工場にタイヤをおろして帰宅途中の同日午前七時頃、本件事故が発生した。配送区域はあらかじめ指定されていて、新聞の積み込みは被告会社の従業員とともにあたり、右井上が一人で自動車を運転して配送先に積荷を降していた。
2 被告会社には、右井上と同様に傭車契約を締結している者が約一〇名程おり、市内配送は、被告会社の社員が同社の自動車をもつてする場合と右井上ら傭車契約を結んでいる者へ委託してなす場合とがそれぞれ半分の割合であたつていた。
3 傭車契約を結んでいる者の給料は、日給制、月給制があり、配送の距離、回数による歩合制をとり、その他に手当はつかないが、右井上の場合は月給制であつた。また、健康保険もなく、身分証明書もない。右傭車契約により新聞輸送のため拘束される時間を除き、右井上ら傭車契約を結んでいる者は、他の業務に従事することができ、右井上は本件事故発生当時、午前九時から午後四時までの間、訴外明治屋でビール等の運搬に従事し、被告会社から月二一万円、右明治屋から月一二、三万円の収入を得ていた。
4 右井上ら傭車契約を結んでいる者は、被告会社に日報を提出しなければならないが、配送のため会社を出発する際に日報を出しておけば、配送終了後は被告会社に帰る必要がないので、ほとんどの者が出発前に日報を出していたが、当時、右井上は、被告会社と自宅が近いことから帰るときに日報を出していた。
5 右井上が被告会社の仕事を休む場合には、自分の責任で代替要員を手当てしなければならないが、右手当てさえすれば休みをとることができた。
6 傭車のガソリン代は走行キロ数に応じて傭車料に含められ、またその給油、洗車は被告会社所有の車両が同社指定の一定の場所で行うのに対し、各自が自分の都合でそれぞれの場所で行つていた。
7 右井上が新聞輸送に使用していた本件加害車両の車体には被告会社の社名やマークは入つていない。
8 本件事故惹起後も右井上は被告会社にその旨の報告をせず、また、同人は、本件事故発生時には既に被告会社との傭車契約により遂行すべき輸送業務は終了していて被告会社とは関係がなく、自己の責任において解決しようと考えていた。
二 以上の各事実が認められるが、右の各事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社と右井上の間には被告会社の業務の一部を右井上に下請に出したといういわゆる下請関係が見られるが、両者間には、雇用契約に準ずるような専属的ないしはこれに密接する関係は窺えず、また被告会社が本件加害車両の管理、運行について支配し、さらに運行利益を享受していたと認めるに足る証拠はない。
三 以上のとおりであるから、被告会社には責任原因(運行供用者責任)を認めることができず、従つて、その余の請求原因事実につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山浦征雄)